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本来の「精進落としは」初七日に行われるもの

葬儀はどのような形に変化したのか

昔の葬式は一族の大イベントでした。

遺族、近隣の親族はもちろん、遠方の親戚なども大慌てで駆けつけてたものです。
病院から遺体が戻ってくれば早くも近所の人たちが集まって、葬儀の算段を相談し始め葬儀社の人間が入れ替わりやってきます。
お通夜、葬儀を済ませて親戚たちが帰っていくと、すぐ初七日となり再び親戚たちが駆けつけてくる。
初七日が終わるまでの約1週間は忌中ということで、仕事や学校も休み喪に服していたが、初七日法要の後の「精進落とし」ではれて忌明けとなり、日常生活に戻る。

しかし、今の社会ではお通夜や葬儀当日はともかく初七日まで仕事や学校を休みことはなくなりました。
それは、葬儀の後にすぐ初七日法要を執り行い、その日のうちに忌明けとするようになったからです。

「精進落とし」は日常生活へ戻るための食事

時代とともに葬儀の形も変化しています。
ひと昔であれば少なくとも初七日までの約一週間は、仕事を休み学校を休み、静かに故人を偲んでいました。
しかし忙しい現代社会では、仕事はもちろんのこと学校ですら一週間もの休みをとることは不可能ではないでしょうか。

そのために、今は葬儀と同じに初七日を繰り上げて行うのが一般的になりました。
だからといって、故人を悼み悲しむ気持ちに変わりはないと思います。

「精進落とし」とは仏教的には「穢れ」を落とし、日常の生活に戻るための食事とされています。
それとともに、現代社会においては、普段あまり集まることの出来ない親族が一堂に会し、故人の思い出話に花を咲かせて、またお互いの近況を語り合う親睦の席となっているではないでしょうか。

もっとも私が故人であったならば、無理に忌中ということで自粛することなく、楽しい親族たちの親睦の会となってくれれば嬉しいと思います。


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